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2019/12/19

泉岳寺の御朱印を大公開!御朱印の受付場所や見どころなども紹介

泉岳寺は、忠臣蔵ととても縁の深いお寺。
浅野内匠頭や赤穂義士たちのお墓があり、忠臣蔵を愛する人々が数多く参拝に訪れています。

御朱印と御朱印帳も、忠臣蔵との関りが一目でわかるもの。
泉岳寺の御朱印と御朱印帳、歴史などを紹介します。

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泉岳寺とは

泉岳寺は徳川家康の命令で建てられたお寺

泉岳寺は、東京都港区にある曹洞宗のお寺。
忠臣蔵で有名な、浅野内匠頭と赤穂義士のお墓があるお寺です。

創建は1612年、最初は徳川家康の命令によって外桜田に建てられました。
けれど、1641年の寛永の大火で焼けてしまいます。

その後、今の港区高輪に新しく立て直されました。
お寺の財力だけでは復興がままならなかったのを見た将軍家が、浅野・毛利・朽木・丹羽・水谷の五人の大名に、泉岳寺の復興を助けさせます。

忠臣蔵以降、浅野家とのつながりで有名となった泉岳寺ですが、それでなくても、将軍の肝いりで建てられたこともあり、江戸の中でも壮麗な伽藍を持つお寺として知られていました。
曹洞宗江戸三か寺や三学寮の一つとして重要な位置にあり、今でも若い僧侶で泉岳寺で修業を勤めているという人もいます。

泉岳寺と忠臣蔵

寛永の大火以降、浅野家とかかわるようになった泉岳寺。
忠臣蔵の人気が高い江戸の中でも、とりわけ忠臣蔵との縁が深いお寺で、境内には浅野内匠頭と四十七士及び、討ち入り前に自害した家臣萱野重実の供養塔が並んでいます。

討ち入りの後、自害となった赤穂義士たちの遺体は泉岳寺へ運ばれて祀られました。
討ち入りが起こった後、義士の遺品を預かっていた泉岳寺の住職が、義士を慕う人々に遺品を売り払って金品を得たりして世間の批判を浴びるという事もありましたが、その後は義士とのつながりを大切にしています。

現在は、毎年四月と12月14日の討ち入りの日に、義士祭が行われています。
義士たちゆかりの品々を集めた「赤穂義士記念館」もあり、参拝者が気軽に入れるようになっています。

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泉岳寺の御朱印は1種類

泉岳寺でいただける御朱印(納経印)は1種類のみ。
中央にはご本尊の釈迦如来の御名前、右側には「奉拝」「四十七士廟所」、左側に日付と「泉岳寺」の名前が入ります。

また、ご本尊の御名前の後ろに釈迦如来の印、寺名の後ろに寺名の印、そして「四十七士廟所」の後ろには大石内蔵助の家紋「右二つ巴紋」の印が押されています。

泉岳寺では、書き置き(紙タイプ)の御朱印は受け付けていません
御朱印帳を忘れず持っていくか、泉岳寺の御朱印帳を授与してもらって、そこに御朱印をいただくようにしましょう。

朱印をいただける時間は8:30~17:00。
開門の7:00にいってもまだ受付が始まっていないので、気をつけましょう。

初穂料はお気持ちで、となっているので、他の社寺同様300円くらいをおさめるといいでしょう。

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泉岳寺の御朱印帳

泉岳寺の御朱印帳こと納経帳は、一種類。
金色の鮮やかな御朱印帳です。

表紙には、真ん中に大きく「義」の文字。
左肩に浅野家の家紋、右裾に大石家の家紋が茶色で記されていて、左裾に「泉岳寺」の名前と寺紋がはいっています。
裏表紙には、何十人もの赤穂義士たちの姿。

討ち入りのだんだら羽織をまとって、物々しい雰囲気です。
サイズは大判タイプ。

初穂料は泉岳寺の事務所で直接確認してください。

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泉岳寺の御朱印の受付場所

御朱印をいただけるのは、寺務所。
本堂向かって右手の建物にあります。

寺務所の隣には、写経用の机といすのコーナーも。
こちらで写経をして、寺務所に収めて御朱印をいただくことができるようになっています。

山門近くに、お守りなどの授与所がありますが、そちらでは御朱印をいただけません。

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泉岳寺の御朱印の待ち時間

平日

平日は、御朱印の待ち時間はほぼありません
寺務所へ行けばすぐにいただけます。

土日祝日

休日も、午前中ならほぼ行列がなく、スムーズに御朱印をいただけます。

お昼から夕方には少し人が増えてきますが、そこまで混むことはありません。
10分~30分ほど待てば御朱印をいただけます。

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泉岳寺の見どころ

泉岳寺は、御朱印のほかにも、赤穂義士や忠臣蔵にまつわる見どころが数多くあります。
お詣りして、御朱印だけもらうのはもったいない。

ぜひ、泉岳寺の見どころをみていきましょう。
泉岳寺には、以下の見どころがあります。

  • 浅野長矩墓および赤穂義士墓
  • 山門
  • 大石内蔵助良雄銅像
  • 血染めの梅・血染めの石
  • 赤穂義士記念館

続いて、泉岳寺の見どころについてそれぞれ詳しくみていきます。

浅野長矩墓および赤穂義士墓

3月14日、殿中で刃を抜き、「殿中でござる……!」と非難されながらも吉良上野介に切りかかった浅野内匠頭。
吉良はケガだけで済んだのですが、江戸城内で抜刀した浅野は叱責だけではすまず、その日のうちに切腹、藩は改易となりました。

その翌年、浅野の家臣たち赤穂の浪士が吉良の家を襲い、吉良の首をかききった、というのが「赤穂事件」。
後の舞台「仮名手本忠臣蔵」のモデルとなった事件です。

泉岳寺は、浅野内匠頭と赤穂義士たちが実際に埋葬されたお墓があります。
また、討ち入り前に自害した萱野重実、遺族が以外を引き取った間光風、切腹を免れた寺坂信行は別の所に埋葬されているので、供養塔となっています。

忠臣蔵ファンなら、一度はお詣りして手を合わせたい場所ですね。

山門

泉岳寺の堂々とした山門は、1832年に建てられたもの。
泉岳寺の建物の中でも古いものであり、国の文化財指定を受けています。

(ちなみに本堂は第二次世界大戦で焼けたために戦後再建されたものです)
山門の1階天井には銅彫の大蟠龍がはめ込まれていて、2階には十六羅漢が置かれています。

下を通ることはできないので、横の通用門からお寺の中に入ります。

大石内蔵助良雄銅像

中門をくぐってすぐ右手に、大石内蔵助の銅像が立っています。
明治から大正にかけて活躍した浪曲師桃中軒雲右衛門が所蔵していたものですが、大正時代に泉岳寺に寄進されました。

赤穂事件のあった当時の風俗、元禄羽織をはおり、赤穂藩が改易になった際にしたためられたと言われる連判帳を手に、吉良の館のある江戸の方向をにらみつけています
おなじみのだんだら羽織ではないのですね。

血染めの梅・血染めの石

境内に並んでいる「血染めの梅・血染めの石」。
ドキッとするネーミングですね。

浅野内匠頭が切腹した際にそばにいて、彼の血を浴びたと伝えられています。
切腹の現場となった田村右京大夫の家から、のちに泉岳寺に移されました。

赤穂義士記念館

血染めの梅・血染めの石の正面にあるのが、赤穂義士記念館。
平成13年、討ち入りから300年を記念して建てられた資料館です。

赤穂事件の顛末をわかりやすく説明していたり、赤穂義士の遺品を保管・展示しています。

入館料
大人 500円
中高生 400円
10歳以上 250円
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泉岳寺へのアクセス

泉岳寺は大都会にあるので、電車で行くのが便利
浅草線の「泉岳寺駅」からなら、徒歩3分でたどり着けます。

「白銀高輪駅」からなら歩いて10分、「品川駅」からでも15分で到着します。
車で行く場合は、首都高速の「飯倉」「天現寺」「目黒」などのインターで降りて12分ほどで到着。

泉岳寺
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泉岳寺は命をかけて主の敵を討った人々の熱い思いを伝えるお寺

泉岳寺の御朱印や御朱印帳、赤穂義士とのつながりについて紹介しました。
忠臣蔵は日本の歴史に残る忠義の物語。

上司は家臣のため、家臣は上司のために命を懸けていた、そんな時代ではなくなりましたが、彼らの生きざまは、現在の人々の胸を今も熱くします
御朱印や御朱印帳にも赤穂義士にまつわるものとなっていて、その存在の大きさを感じることができますね。

写経の際は、大切な人のために人生を駆け抜けた赤穂義士の気持ちを考えながら大切にしたため、納経の証としての御朱印を大切にしてくださいね。

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